文脈指示の種類

  1. 対話における文脈指示
  2. 文章における文脈指示

文脈指示にかかわるその他の問題

  1. 指すものを受けるときの形
  2. 指すものが後から出てくる場合

対話における文脈指示

  1. A:昨日田中にあったんだけど、{〇あいつ/×そいつ}相変わらず元気だったよ。
    B:{〇あいつ/×そいつ}は本当に元気だね。

  2. A1:友人に田中という男がいるんですが、{×あいつ/〇そいつ}は面白い男なんですよ。
    B:{×あの人/〇その人}はどんな仕事をしているんですか。
    A2:大学で英語を教えてるんです。

これだけは

  • 聞き手が存在する対話における文脈指示ではアとソの使い分けが主に問題となります。両者の使い分けの原理は次のようにまとめられます。なお、このセクションで破線をつけた語は指示詞の指すもの(先行詞)です。

話し手と聞き手が共に直接知っているものはアで指し、そうでないものはソで指す

  • この用法でアが使われるのは話し手と聞き手が共に指すものを直接知っているのような場合だけです。この場合、先行詞が固有名詞でも「という」や「って」を付けません。
  1. × A:昨日、田中という男に会ったんだけど、あいつ相変わらず元気だったよ。(聞き手も「田中」を直接知っている場合は不適)
  • 一方、話し手と聞き手の少なくとも一方が指すものを直接知らない場合はアは使えず、ソが使われます。2.A1は話し手を直接知っているが聞き手は直接知らない場合であり、2.Bは聞き手は直接知っているが話し手は直接知らない場合です。こうした場合、先行詞が固有名詞ならそれに「という」や「って」を付けることになりません。
  1. × A1:友人に田中がいるんですが、そいつは面白い男なんですよ。

話し手も聞き手も直接知らないというのは次のような場合です。

  1. 吉田:田中さんは若いとき東京に住んでいたそうだけど、{×あのころ/〇そのころ}のことを聞いたことある?
    佐藤:僕も{×あのころ/〇そのころ}のことには興味があるんだけど、田中さんから聞いたことはないんだ。

もう少し

  • 「知っている」か否かは直接会った/見たか否かによります。例えば、4.A2の場合、Aは「林さん」がBの友人であることは知っていますが、「林さん」に「直接」会ったり、顔を見たりしたわけではないのでアは使えないのです。
  1. A1:Bさんのお友達に林さんという方がいらっしゃるそうですが、今度{×あの方/〇その方}を紹介してもらえませんか。
    B:いいですが、何のご用なんです。
    A2:今書いている論文のことで{×あの方/〇その方}に伺いたいことがあるんです。
  • 聞き手の存在が問題とならない「独り言」の場合はアが使われます。
  1. {〇あのレストラン/×そのレストラン}の料理はうまかったなぁ。
  • 話し手が直接知っていて聞き手が直接知らない2.A1のような場合にアを使うと、5.のような独り言の場合と同じになって、聞き手の存在を無視した形になるため、このような場合には通常ソが使われるのです。
  • 対話における文脈指示ではコはあまり使われませんが、2.A1のような話し手が直接知っていて聞き手は知らない場合には通常コも使えます。
  1. A1:友人に田中という男がいるんですが、こいつは面白い男なんですよ。
  • 会話中に名前をど忘れしたときはア(主に「あれ」)が使われます。これは前述の原理の応用です。例えば、6.の「あれ」は「資料」という語をど忘れしたときに話の流れを保つために「資料」の位置に挿入されたものです。
  1. (秘書に)今度の会議のあれだけど、明日までに作っといて。

なおこの用法の「あれ」は話し手が言いにくい語の代わりにも使われます。

  1. (本を貸した相手に)この前お貸ししたあれですけど、いつごろ返していただけますか。(「あれ=(先日貸した)本」)

文章における文脈指示

ここからは文章における文脈指示を考えます。文章における文脈指示はいくつかの場合に分けられますが、それらに共通して次のことが言えます。

文章における文脈指示ではアは使われない

従って、文章における文脈指示ではコとソの使い分けが問題となるわけですが、基本的にはソが使われます。

「これ」と「それ」

  1. 昨日近所で本を買った。{これ/それ}はお気に入りの作家の新作だ。
  2. A社の下請けB社が倒産した。{〇これは/?それは}円高の影響でA社の輸出が減少したためである。

これだけは

  • 「これ」「それ」は1.のように具体的な名詞(人、ものなど)を受けるのが基本で、この場合は「この/その+N」に置き換えられます。しかし、指すものが文の内容などの場合はどちらかしか使えないことがあります。
  • 「これは」は2.のように、「これは~ためだ/からだ」の文型で、指すものの原因・理由を詳しく述べるときに使われます。この表現は次のような強調構文を使った表現と同様のものです。
  1. A社の下請けB社が倒産した。B社が倒産したのは円高の影響でA社の輸出が減少したためである

もう少し

  • 次のような場合は「それ」のほうがよく使われます。

    1. 名詞句の一部だけを受ける場合
      これは3.や4.のような場合です。この場合「それ」は「男性の平均寿命」「大学における男女差別」という名詞句全体ではなく、その一部である「平均寿命」「男女差別」だけを指します。この用法は「これ」にはありません。
    1. 男性の平均寿命は女性の{×これ/〇それ}より短い。
    2. 大学における男女差別は企業における{×これ/〇それ}以上だ。
    1. 先行詞が「こと、もの」などで終わり、その直後で指すものを受ける場合
    1. 私が大学で学びたいこと、{?これ/〇それ}は人生の目標だ。
    2. 私がずっと大事にしてきたもの、{×これ/〇それ}は母の形見のこのイヤリングです。

    こうした表現は5.のような「それ」を除いたものとほぼ同じ意味を表しますが、5.のような表現より先行詞の部分を強調する効果があります。

    1. 私が大学で学びたいことは人生の目標だ。

「この」と「その」(1)

  1. 子どものころ祖母に1冊の絵本を買ってもらった。私は{この本/その本}が大好きで、何度も読み返したものだ。
  2. 「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」{〇このことば/×そのことば}は慶應義塾の創始者福沢諭吉のものである。
  3. 私はコーヒーが好きだ。{〇この飲物/×その飲物}はいつも疲れを癒してくれる。
  4. 田中さんは小学生のときまったく泳げなかった。{×この田中さん/〇その田中さん}が今度水泳で国体に出場するそうだ。

これだけは

  • 2.2と2.3では「この/その+N」について考えます。「この/その」には二つの用法があります。2.2では「この/その+N」全体で指すものの内容を繰り返す用法扱います。この用法では1.のように「この」も「その」も使えることが多いですが、「この」だけが使える場合や「その」だけが使える場合もあります。次のような場合「この」だけが使われます。
    ① 指すものが前の文(連続)の内容や発言そのものであるとき
    ② 指すもの言い換えて受けるとき
    ①は2.のような場合で・この例では破線部の内容を「ことば」という名詞で表しています。
    ②は3.のように指すものを別の表現で言い換える場合で、この例では「コーヒー」を「飲物」で言い換えています。

  • 一方、「その」だけが使われるのは次のような場合です。
    ③ 「その+N」を含む文(または節)の内容が指すものを含む文(または文連続)の内容に対して逆接的・対比的であるとき

例えば4.では「その」の文の内容(国体に出場する)が指すものを含む文の内容(小学生のとき泳げなかった)と逆接的なので「その」が使われます。

もう少し

  • 4.のように「その」しか使えない場合には二回目以降繰り返された名詞に(一般の原則に反して)「は」ではなく「が」がつきます。
    1. 田中さんは小学生のときまったく泳げなかった。その田中さん{?は/〇が}今度水泳で国体に出場するそうだ。
  • 2.2の用法では次のように「この」や「その」が不要な場合もあります。
    1. 帰り道に公園を通りかかると男の人が倒れていた男の人は頭から血を流していた。
  • 同じ名詞を繰り返す際には接頭辞「同一」が使われることもあります。「同一」は使い方が「この」と似ていますが、文章でしか使われません。
    1. 彼は共産党の支持者だ。同党は1992年の結党以来一度も党名を変えていない。

「この」と「その」(2)

  1. この薬はまだ開発されたばかりなので、{×この効果/〇その効果}はまだ十分にはわかっていない。
  2. 大阪府の知事に太田氏が当選した。{〇この結果/〇その結果}全国で初めての女性知事が誕生した。

これだけは

  • 「(この/)その」にはもう一つ「~の」という意味の用法があります。この用法では通常「その」が使われます。ただし、2.のように指すものが文相当の内容である場合、言い換えると名詞が「結果・理由、原因」まどの場合には「この」が使えことがあります。

もう少し

  • この用法で使われる名詞は意味的に「~の」が必要なものです。例えば、「効果」はそれだけでは意味が完結せず、「薬の/宣伝の」などのことばとともに使われるて初めて意味が完結します。このような名詞相対性を持つ名詞と言います。なお、この用法の「その」は中国語の所有代名詞(我的,你的,他的,她的,它的,他们的)に相当するものです。
  • この用法で「その」を使うのは硬い文体に限られます。話しことばでは「その」を省略するのが普通です。例えば、3.の「結果」を「その結果」と言っても間違いではありませんが、文体的に硬すぎるため普通は使われません。
  1. 医者:それでは今日血液検査をして帰ってください。結果は1週間後に聞きに来てください。

「今」や「ここ」を指す場合

  1. このごろ忙しくてなかなか趣味の登山ができない。
  2. 江戸時代は武士の時代。この時代、江戸の人口の1割が武士だった。
  3. 「方言」をここでは「共通語以外のことば」と定義しておく。

これだけは

  • 次に考えるのは「今」や「ここ」に関する表現です。これらの中には現場指示の一種とも考えられるものもありますが、便宜上そうした場合もここで扱います。なおここで扱う表現はコに限られます。
    1. これまで、これから、このごろ、この+期間、ここ+期間…
    2. これまで日本語を勉強してきました。これからもずっと勉強していきたいと思います。
    3. 私が日本に来てから5年になります。初めはあちこちに遊びに行きましたが、{この2年間/ここ2年間}は論文を書くのに忙しくあまり遊びに行けませんでした。

これらは「今」や「最近」と置き換えられることが多いです。例えば、「これまで/これから」は「今まで/今後」と、「このごろ」は「最近」と、「この+期間/ここ+期間」は「最近+期間」とそれぞれ置き換えられます。また、2.のように特定の時が話題の場合、その時を指すにはコが使われます。

  • 一方、「ここ」に関する表現には次のようなものがあり、論文や学術書などでよく使われます。
    1. ここ、この{本、論文…}、この{章、節…}
    2. この本で私が述べたかったのは、日本語には多くの方言があり、それぞれが独自の世界を作り上げているということである。
    3. この章の結論を簡単に述べると次のようになる。

なおこの場合の「この」は通常接頭辞「本―」で置き和えられます。「本―」のほうが硬い表現です。例えば、「この論文/章/節」は「本論文/本章/本節」と置き換えられます。なお、「この本」は「本書」と置き換えられます。

指すものを受けるときの形

「そう」

  1. A:明日も雨が降るかな。
    B: {×こう/〇そう}思うよ。
  2. 彼が会議に出席するなら、私も{×こうします/〇そうします}。
  3. 私も朝寝坊だが、弟は私以上に{×こうだ/〇そうだ}。

これだけは

  • 「そう」は「言う、思う」などの目的語である「~と」を受けます。例えば、1.Bの「そう」は「明日も雨が降ると」を受けています。
  • 「そう」には「(名詞句+)述語」を受ける用法もあります。2.のように先行詞が「(名詞句+)動詞」の場合は「そうする」、それ以外の品詞の場合は3.のように「そうだ」の形が用いられます。これらの場合、「こうする」「こうだ」は使えません。

もう少し

  • 1.のような「~と」を指す用法の場合、相手の発言を受ける場合には「そう」しか使えませんが、そうでない場合は「そう」も「こう」も使えます。
    1. 東京で歌手になる。」兄が{こう/そう}言って家出をしたのは5年前のことだ。

「こんな」類と「こういう」類

  1. 近所の女の子がけがをした子猫を拾ってきて大事に育てている。殺伐とした事件の多い中{こんな話/こういう話}を聞くとほっとする。
  2. 母:今日はこの服を着ていきなさい。
    娘:{〇こんな服/?こういう服}いやよ。子供みたいじゃない。
  3. 社長:今日、手形が不渡りになった。
    社員:会社が倒産したということですか。
    社長:{×そんなこと/〇そういうこと}だ。
  4. 社長:今日、手形が不渡りになった。
    社員:それは{×どんなこと/〇どういうこと}ですか。
    社長:会社が倒産したということだ。

これだけは

  • 名詞を修飾する指示詞には「この/その/あの」(「この」類)、「こんな/そんな/あんな」(「こんな」類)、「こういう/そういう/ああいう」(「こういう」類)などがありますが、このうち、「こんな」類と「こういう」類には違いがあるので注意が必要です。
  • 1.のように文(連続)を受ける場合は基本的に「こんな」類も「こういう」類も同じように使えます。
  • 一方、2.のように指すものを否定的に捉える場合は通常「こんな」類が使われます。「こんな」類はこうした含意を持ちやすいので注意が必要です。
  • 3.の「そういうこと」は相手の発言内容を受けてそれを肯定するときに使われます。この場合「そんなこと」は使えません。なお、否定する場合は「そういうことではない/そういうわけではない」などが使われます。
    1. 社長:今月の給料の支払いは少し遅くなりそうだ。
      社員:会社が倒産するということですか。
      社長:そういうわけではない。大丈夫だ。
    4.の「どういうこと」は相手の発言内容や意図がよくわからないときに相手尋ねるために使われます。この場合「どんなこと」は使えません。
  • 「こういう」類には「こういった/そういった/ああいった」「こうした/そうした/ああした」などのバリエーションがありますが、これらは機能的には「こういう」類と機能的には同じものです。

指すものが後から出てくる場合

  1. こんな話がある。2025年には日本の人口の4分の1が65歳以上の高齢者になるというのだ。
  2. これは噂だけど、田中課長、来年大阪支社に転勤になるそうだよ。

これだけは

  • ここまでは指すものが指示詞より前に現れる場合のみを扱いました。文脈指示にはこれ以外に、指すものが指示詞の後に現れる用法があります。ここではこれを扱います。
  • この用法では通常コが使われます。また指すものは通常、文です。このうち、1.のように「コ…。<指すもの>」という構造の場合は「こんな+N」が使われます。一方、2.のように「コ…けど/が、<指すもの>」という構造の場合は「これ」または「この+N」が使われます。この場合の「けど/が」は前置きを表します。
  • この用法では指すものより先に現れます。指示詞は指すものが決まることによって初めて意味をなす語なので、それが談話に先に現れると、聞き手/読者はそれが指すものを知ろうとし、後から出てくる指すものの内容に注意が向けられます。これがこの用法が持つ談話上の機能です。

もう少し

  • この用法では通常コが使われますが、3.4.のように、硬い書きことばではソが使われることもあります。
    1. 人はそれと気づかないうちに、他人の心を傷つけていることがある。
    2. の導入をめぐって大反対が起こった消費税が商品にかけられるようになってからもう10年以上が経過した。